NPO法人 福音の園・埼玉
グループホーム福音の園・川越
川越キングス・ガーデンから受け継がれた
「心のお世話」の系譜
福音の園・川越の物語は、一つの確信から始まります。理事長の杉澤さんは、川越キングス・ガーデンの創設メンバーとして13年間、現場で様々な支援業務に携わってきた人物です。
「50人定員のお年寄りに、限られた職員で十分な個別ケアができない。利用者さんに『ちょっと相談があるんだけど』と呼び止められても、業務に追われて『後でゆっくり聞きますね』と言いながら、それが流れ流れて──いつも後ろ髪を引かれていたんです」。
そのもどかしさの中で出会ったのが、18名定員のグループホームという形態でした。2004年、キリスト教精神を共有する仲間たちとNPO法人を立ち上げ、キングス・ガーデンを退職。別の施設で介護職をしていた奥様と共に、川越市内にグループホームを開設しました。
しかし、開設までの道のりは平坦ではありませんでした。候補地は一方通行の狭い道路に面しており、「緊急車両が行き来できない。ここには開発許可は出せません」と行政が難色を示していたのです。ところが、管理者がキングス・ガーデン出身の杉澤さんだと伝わると、状況が一変します。
「介護保険課が他の部署に根回しをしてくれて、許可が下りたんです。実績のないNPOだけど、キングス・ガーデンで13年やってきた人間が管理者になるなら大丈夫だろう、と」。
キリスト教精神に基づく高齢者福祉の「信頼の系譜」が、この施設の礎となりました。
牧師から介護の世界へ
──「行って、学んできなさい」
杉澤理事長のバックグラウンドは、さらに深い物語を持っています。もともとは東村山市の神学校を卒業した牧師でした。愛媛県今治市の小さなキリスト教会で7年間務めた間、若い人の結婚式は一度もなく、お葬式を4回──。高齢化が進む現実を目の当たりにしていました。
転機となったのは、埼玉県久喜市の教会で牧師をしていた時のこと。教会に通うお年寄り夫婦が二人とも風邪で寝込み、お見舞いに伺った時のことです。
「締め切った障子戸の中で、二人で布団を並べて寝ておられた。牧師として聖書のお話をして、お祈りをして帰る。それで務めは果たしているんですけど、私の中で──ちゃんとご飯食べているのかな、水分は取れているのかな、お熱は大丈夫かな、換気はできているかしら。お身体のことにまで思いを寄せることができたら、もっと深く、その人に届くお世話ができるんじゃないかと」。
その問いを胸に祈り続ける中で、聖書の一節に導かれます。「神が求めているのは、いけにえではなく、憐れみの心だ。それをあなたも行って、学んできなさい」──。
「牧師を辞めて、高齢者福祉の世界に行って学んできなさい。神様がそうおっしゃっているのだと感じたんです」。
ちょうどその時、川越市にキングス・ガーデンが創設されるという知らせが入ります。3月末に牧師を退職し、4月1日付でキングス・ガーデンに就職。開設準備から携わり、そこから13年の介護キャリアが始まりました。
「体のお世話」だけでは、
心は満たされない
杉澤理事長が繰り返し語る言葉があります。「体のお世話と心のお世話は車の両輪。片方だけでは、本当のお世話はできない」。
「いくら美味しい食事を出しても、いくら清潔な環境を整えても、『なぜ自分はここにいるんだろう』『子供に見捨てられた』という不安や寂しさを抱えたままでは、心が満たされないんです。そこにキリスト教精神の心のお世話が届いて初めて、お一人おひとりの尊厳が守られる」。
この哲学は、日常のあらゆる場面に浸透しています。
月に2回、近隣の教会から牧師を招いて聖書のお話の時間を設けています。讃美歌は、クリスチャンでない入居者がほとんどのため、誰でも歌える定番曲『いつくしみ深き』を毎回歌います。そしてこの讃美歌は、入居者が旅立つ時の「お見送りの歌」にもなっています。
「一般の施設や病院では、お亡くなりになったらそっと裏口から退去していく。でも私たちは、日中であれば玄関でみんなで讃美歌を歌ってお見送りします」。
福音の園・川越第二の管理者は、以前は別のグループホームで長年勤務していた方です。そこでは亡くなった方を誰にも声をかけず、静かに搬出していたといいます。福音の園・川越に来て、お見送りの文化に触れ、「家族だったら皆へ知らせる。これが本来あるべき姿だと気づきました」と語ってくれたそうです。
10年勤続者10名
──埼玉県が表彰した驚異の定着率
福音の園・川越は2015年(平成27年)、埼玉県から介護職員の定着率の高さで表彰されています。
「開設10周年の時に、10年勤続者を表彰しようとなったら、10名もいたんです。その後、3年間で通算13名の永年勤続者を表彰しました」。
この事実を知った埼玉県グループホーム協議会の事務局が、県に推薦。全国的に離職率が高い介護業界、しかも少人数のグループホームにおいて、10年勤続者がこれほどいるのは極めて異例だと評価されました。
その秘訣を尋ねると、杉澤理事長の答えはシンプルです。
「変に背伸びしなくて、当たり前なことを当たり前にさせていただいている。それだけです。心のお世話と体のお世話、両方して初めて、一人ひとりの尊厳──認知症といえども、ちゃんとした人格がある──そこを認めてあげること。私にしてみたら当たり前なんですけどね」。
職員の中にはキリスト教を信仰している方もいますが、そうでない方も多くいます。理念そのものに共感し、この場所のケアの質に惹かれて、長く働き続けているのです。
キリスト教出版社から介護の世界へ
──施設長の「導かれた転身」
現在の施設長・佐川さんもまた、異色の経歴の持ち主です。30年間、キリスト教出版社に勤務し、最後は軽井沢の保養所の管理人をしていました。保養所の閉鎖を機に退職を決意しますが、ちょうどコロナ禍に突入し、転職もままならない状況に。
「何をしようかと迷った時、その前年に両親を介護で看取っていたんです。自分が一番向いていないだろうな、でもすごく悔いが残る──それが介護でした」。
ハローワークを通じて初任者研修を受講中に、福音の園・川越の求人チラシに出会います。理念に共感し面接を受けましたが、研修中に脳梗塞を発症。自宅から遠いこともあり、まずは近隣の大手特養で3年間の経験を積みました。
「3年間、大手の特養で鍛えられたことが良かったと思います」。そして一昨年の4月、ようやく福音の園・川越に入職。杉澤理事長にとっては、長年探し続けてきた「同じ志を持った後継者」との、まさに「導かれた出会い」でした。
「キリスト教精神の施設運営をしていますから、やっぱり同じ志を持った人でないとバトンが渡せない。ようやく、神様が導いてくださったとしか言いようがない形で出会えました」。
全国初
──園芸福祉士との業務提携による園芸療法
福音の園・川越を訪れてまず目を引くのが、施設に隣接する広い花菜園です。スイカ、トマト、ナス、ネギ、シソ、ミョウガ、イチジク──季節ごとに様々な作物が実り、利用者と職員が一緒に収穫し、その日の食卓に並べています。
これは単なる「庭いじり」ではありません。福音の園・川越は開設当初から、音楽療法・園芸療法・アニマルセラピーの3つの療法を柱に据えてきました。中でも園芸療法については、全国に先駆けた取り組みを行っています。
「22年前、園芸はただの庭いじり、土いじりという認識しかなかった。でも欧米では、第一次・第二次世界大戦後の傷病者の癒しとして、園芸が療法として取り入れられてきた歴史がある。日本にもようやくそれが広まり、園芸福祉士という資格制度ができた。私たちは、その資格を持つNPOグループと正式に業務提携を結び、対価を支払って園芸プログラムを実施した。これが全国初の取り組みでした」。
杉澤理事長がこだわったのは、「個人的に園芸が得意な人を雇う」のではなく、専門資格を持つプロ集団と事業として契約するという形式です。
「園芸福祉士という資格を取った人たちに対して、ちゃんとリスペクトしたい。きちんと対価を払いたい。その人たちも事業として成り立つようにしたかった」。
利用者にとって、土をいじり、種を植え、芽が出て、育ち、収穫し、調理して食べる──この一連の営みは、単なるレクリエーションではなく、「自分の役割がある」という生きがいそのものです。
佐川施設長も、この秋に初級園芸福祉士の資格取得を目指しているといいます。「ここに来たからには、ちゃんと学ばないと」と。
冷蔵庫を開けて「今日何作ろうかな」
──究極の家庭的ケア
グループホームならではの魅力が最も表れているのが、食事です。福音の園・川越では、夕食の一部を除き、全ての食事を施設内で手作りしています。
「管理栄養士が一ヶ月分の献立を決めて──という形式ではないんです。担当の職員が冷蔵庫を開けて、『今日は何を作ろうかな』というところから始まる。買い出しに行ったり、生協で発注したり。本当に普通の家庭と同じです」。
庭で収穫した枝豆は、利用者に筋むきを手伝ってもらい、その日の夕食に出す。トマトが実れば食卓に添える。「献立が決まっていないからこそ、その日の収穫物でメニューが変わる」という、施設とは思えない柔軟さがここにはあります。
ベトナム人職員が6名在籍していることを活かし、「ベトナムフェア」と題してベトナム料理を職員が作り、利用者と一緒に食べるイベントも開催。出身地の地図を掲示し、国旗を飾り、異文化への理解を深める取り組みも行われています。
宮沢賢治とイエス・キリスト
──「行って、手を当てる」ということ
取材中、杉澤理事長が語った一つのエピソードが強く心に残っています。
東日本大震災後、津波被災地の避難所で始められた「心の相談室」(傾聴ボランティア)を続けてきたお寺の住職が表彰された時のこと。その住職は宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を引き合いに出し、「『東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病ヲシテヤリ…』とある。この『行ッテ』が宗教者の本質だと思うのです。」と語ったそうです。
「宮沢賢治が人々の心を捉えて離さないのは、『行って看病してあげる、見てあげる』という気持ちの本質を詠んでいるから。そしてそれは、イエス・キリストの『行って学んできなさい』という言葉と同じなんです」。
「私たちはやっぱり、一人ひとりのところに行って手を当てる。それが『手当て』になる。看護の『看』は、手を添えてあげるということ。そこに行き着かないと、本当のお世話はできない」。
星野富弘美術館との特別なつながり
福音の園・川越の玄関や廊下には、口に絵筆をくわえて描く詩画作家・星野富弘さんの作品(複製)が展示されています。これは施設長の佐川さん個人の活動から生まれたつながりです。
佐川さんは富弘美術館で研修を受けて学芸員資格を取得し、現在もボランティア学芸員として活動しています。さらに、富弘美術館を囲む会・埼玉県支部長も務めており、その縁で作品の展示が実現しました。
「地域の方にも気軽に来てほしい。富弘さんの作品を見に来てくださいって」。
福音の園・川越第二にはさらに多くの作品が展示されており、将来的には隣接地を取得して「富弘美術館 in 川越」のような展示スペースを作りたいという夢も語られました。
「当たり前のことを当たり前に」
──二つの施設が語る同じ言葉
取材を終えて気づいたことがあります。川越キングス・ガーデンの伊藤施設長も、福音の園・川越の杉澤理事長も、全く同じ言葉を口にしていたのです。
「当たり前のことを当たり前にやっている。それだけです」。
福音の園・川越は、派手な設備も大規模な組織もありません。18名定員の小さなグループホーム。しかしそこには、元牧師の理事長が「行って、手を当てる」という信念のもとに22年かけて育てた文化と、それを受け継ぐ覚悟を持った施設長の存在があります。
庭で育てたスイカを利用者と食べ、讃美歌を歌って仲間を見送る。この「当たり前」がどれほど尊いものか──。福音の園・川越は、その問いに対する一つの答えを、静かに、しかし確かに示してくれています。
FACILITY INFORMATION施設概要
| 施設名 | グループホーム福音の園・川越 |
|---|---|
| 運営法人 | NPO法人 福音の園・埼玉 |
| 施設種別 | 認知症対応型共同生活介護(グループホーム) |
| 定員 | 18名(2ユニット) |
| 所在地 | 〒350-0016 埼玉県川越市木野目1878番地1 |
| HP | 公式サイトへ |
| 理念 | 人生の最晩年を、尊厳を持って生きる |
| 施設長 | 佐川 裕明 |