社会福祉法人 尚栄会
特別養護老人ホーム 福寿の里(ひこばえ)
木の温もりあふれる広々とした空間に、大きな保護犬が尻尾を振って駆け寄ってきます。リビングにあるキャットタワーには、気持ちよさそうに眠る保護猫の姿。ここはペットショップでも、動物カフェでもありません。要介護の高齢者が人生の最期を過ごす「特別養護老人ホーム」の日常の風景です。全国でもわずか3例しかないという「動物と一緒に暮らせる特養」には、施設長の小田さんが人生をかけて守り抜こうとしている「ある哲学」がありました。
「施設に入る=愛する家族との別れ」という
残酷な分断
「きっかけは、地域の包括支援センターや民生委員さんからのSOSでした」
小田施設長は、動物ユニット立ち上げの背景を静かに語り始めました。地域には、高齢になってペットの面倒が見きれず「多頭飼育崩壊」を起こしてしまう方や、いよいよ施設に入らなければならない状態なのに「この子を手放すくらいなら家で倒れたほうがマシだ」と入居を拒否する方がいるという現実があったと言います。
「施設に入居するということは、それまでの生活と完全に分断され、別の人生が始まってしまうということです。ご本人にとっても、残されたペットにとっても、あまりにも悲しい。その分断をなんとか切らせない方法はないかと、ずっと考え続けていました」
全国を必死に探し回り、神奈川県横須賀市に「動物と暮らせる特養」が1件だけあることを突き止めます。すぐに見学に行き、「うちでも絶対にやる」と決意。しかし、前例のない取り組みに対し、保健所の許可を取る道のりは平坦ではありませんでした。
約1年におよぶ粘り強い交渉の末、「第2種動物取扱業」を取得。現在、福寿の里では保護犬と保護猫を迎え入れ、彼らと「最期まで一緒に暮らす」ための動物ユニットが稼働しています。
「動物を救う」つもりが、
若者たちに救われた
ペットとの分断を防ぐために始めたこの挑戦は、思わぬ「奇跡」を引き起こしました。深刻な人材不足にあえぐ介護業界において、福寿の里に全国から「若き才能」が集まり始めたのです。
「今年の4月、動物の専門学校や大学を卒業したばかりの20代のスタッフが2名、新卒で入ってきてくれました。彼らは介護の勉強をしてきたわけではなく、『動物と一緒に働ける介護施設』という点に魅力を感じて入職してくれたんです。またそれとは別に、香川県など遠方から飛び込んできてくれた若い職員もいます」
トリマーの資格を持つスタッフがいるため、ワンちゃんのカットも施設内で完結します。動物のトレーニングもプロフェッショナル。「動物」というキーワードが、介護業界に全く新しい風を吹き込んだのです。
「私たちが保護犬や保護猫を救おうと思って始めたことでしたが、結果的に、若いスタッフたちがこの施設に集まり、私たちを助けてくれている。本当に素晴らしい相乗効果が生まれています」と、小田施設長は目を細めます。
「家」であるために。
特養の中に本物の「居酒屋」を作る
福寿の里の「分断させない」という哲学は、動物に対してだけではありません。「地域社会」との分断を防ぐための仕掛けが、施設内のあちこちに散りばめられています。
その最たるものが、施設内で営業している本格的な「居酒屋」です。月に1回(第3金曜日)、元喫茶スペースだった場所で正式に営業許可を取り、ビールや本格的なおつまみを提供しています。
「認知症カフェのように『福祉の枠』に収めるのではなく、地域の方もご家族も、誰でもふらっと飲みに来られる普通の居酒屋にしました。もちろん、ドクターストップがかかっていなければ、ご入居者様もお酒を楽しめます。だってここは、彼らの『家(生活の場)』ですから」
さらに、施設内には300名収容可能な巨大ホールがあり、地域のブラスバンドの練習や映画鑑賞会に開放。外に出れば、職員たちが自分たちで木を伐根して手作りしている「ドッグラン」の建設が進んでいます。完成すれば、地域の人々が愛犬を連れて遊びに来る、新たなコミュニティの場となるはずです。
「派遣ゼロ」の裏にある、
職員への深い愛情
これほどまでに革新的な取り組みを続ける福寿の里ですが、驚くべきことに現在「派遣スタッフゼロ」で運営されています。離職率が極めて低く、スタッフが定着している理由を尋ねると、小田施設長の「職員への深い愛情」が見えてきました。
「ユニット型特養はどうしても、自分のユニットに引きこもってしまい、他の職員との関わりが薄くなりがちです。だからこそ、研修は効率的なeラーニングではなく、あえて『対面でのグループワーク』にして、横のつながりを作っています」
さらに、忘年会などの飲み会には、なんと施設が「送迎バス」を出します。「お酒を飲んでも安全に帰れるように」「家族や子どもも一緒に連れてこれるように」という配慮からです。
ミャンマーやインドネシアから来ている10名の外国人スタッフに対しても、月に2回、小田施設長自らが「日本語・介護教室」を開催。ただ言葉を教えるだけでなく、その場で仕事の悩みを聞き、心を通わせる時間を何よりも大切にしています。
外部の業者に高いお金を払うのではなく、ドッグランも自分たちで手作りする。その浮いたコストは「すべて職員の待遇改善や還元に使いたい」と小田施設長は語ります。
高齢者福祉の枠を超える、
終わらない挑戦
「今後は、高齢者介護の枠にとどまらず、地域全体を支える場所にしていきたいんです。地域とともに、多世代が交流し、お互いに助け合える『地域のコミュニティハブ』になることが、私たちの次の夢です」
取材を終え、玄関に向かう途中、再び保護犬のココちゃんが人懐っこく駆け寄ってきました。
「施設に入れば、これまでの人生を諦めなければならない」。そんな介護業界の常識を、福寿の里は根底から覆そうとしています。愛する家族(ペット)と最期まで一緒にいられること。たまには居酒屋でビールを飲んで笑い合うこと。
「当たり前の生活」をどこまでも守り抜こうとする小田施設長と職員たちの終わらない挑戦が、この木の温もりに包まれたホームで、今日も続いています。
FACILITY INFORMATION施設概要
| 施設名 | 特別養護老人ホーム 福寿の里(ひこばえ) |
|---|---|
| 運営法人 | 社会福祉法人 尚栄会 |
| 施設種別 | 特別養護老人ホーム(ユニット型) |
| 定員 | 100人 |
| 所在地 | 〒350-1315 埼玉県狭山市大字北入曽字南入間野1502番地1 |
| 連絡先 | Tel:04-2957-1163/Fax:04-2957-1173 |
| 併設事業 | 地域包括支援センター、地域交流スペースひこばえ |
| 関連グループ | 医療法人 尚寿会 |
| 施設長 | 小田 美津子 |
| 入居期間の目安 | 終の棲家(お看取りまで長期間の生活をサポートします) |
| 特徴 | 動物ユニット、居酒屋、ドッグラン |
| 理念 | 『思いやりで支える地域福祉』 『幸せであったと思える生涯を真剣に支えます』 『尊厳を守りその人らしくあることを全ての基本に考えます』 |